(2019年1月24日公開動画より)
漫画『こぐまのケーキ屋さん』で
大ブレイク中のカメントツさんに
来ていただきました。
漫画家を目指す若者や、エンタメに
興味を持ってる人たちに向けて
ヒントになるような話を聞きたい。

ピ:ピョコタン
カ:カメントツ

ピ:『こぐまのケーキ屋さん』は
  Twitter発でドカンと売れた。

カ:そうですね。いろんな方に
  買っていただいてありがたい。

ピ:もともとカメントツのことを
  知ってた人間からすると、
  突然ほのぼのした漫画を描いて
  頭が狂ったのかと思った。  

カ:前の作風とは
  ずいぶん変わりましたからね。

ピ:ぼくとカメントツの
  最初の出会いって何でしたっけ?

カ:『Tシャツラブサミット』かな?
  似顔絵ブースに2回参加しました。

ピ:その前に『ネーム大賞』かな?

カ:あ、そうだ。ぼくが新人の頃に
  ネーム大賞に漫画を応募して、
  その時の審査員がピョコタンで。
  ぼくにマルをくれなかった。

ピ:(笑) まさか根に持ってるの?

カ:いや、持ってないです(笑)
  でもそれは事実だから。

ピ:なんかボンヤリ覚えてるけど
  天狗と黒人が出てくる話だった。
  タイトルが『てんぐ子』で。

カ:そうです。日本で生まれた
  黒人の男の子が自分の肌の色に
  コンプレックスを持って悩んでて、

  肌の赤い天狗の女の子と出会って
  その子は自分のことを全然
  気にしてないっていうコメディ。

ピ:そうだ。それけっこう
  ギリギリついてるなと思って。
  商業的に黒人の肌の色とかに
  触れるのは危ういかなと思って
  マルは見送らせてもらったんだ。

カ:たしかにあの作品でデビューは
  できなかったから正解だったかも。

ピ:あれが漫画家としての
  初期の頃だったんですか?
  割と最近のような気もするけど。

カ:あれが3本目に描いた漫画でした。

ピ:えー、すごい!
  あの時は何歳だったんですか?
  というか今何歳?

カ:今32歳で、漫画家として4年目。

ピ:じゃあ『てんぐ子』が4年前かあ。
  しかも、次に会った時には
  もう審査員になってた。

カ:そうでした。ネーム大賞では
  審査員もやらせていただきました。

ピ:『てんぐ子』から今に至るまでの
  ルートに興味があるけど、
  どうやってきたんですか?

カ:21か22歳の時に『大死刑』っていう
  死刑がテーマの漫画を描きました。
  日本では自殺者も多く、
  死が極刑ではないのかも?
  という思いを込めて。
  死以上の罰とは何か?って漫画。
  
ピ:いきなり深いし重いなー。

カ:これを描き切って満足しちゃって。

ピ:何ページくらいの漫画なの?

カ:10ページくらいですね。

ピ:10ページで満足しちゃったのかよ!

カ:それ以降はデザイナーやったり、
  カメラマンやったり、
  自分の向いてる職業を探して
  転職を繰り返しました。

  クリエイティブな職業は
  ブラック企業というか
  『やりがい搾取』が多くて、
  それでも優秀な人なら
  やっていけるだろうけど、
  ぼくはそこそこだったんで
  搾取されて、もうダメだと思って
  自動車会社に就職しました。

ピ:へぇー、就職もしてるのか。

カ:それで毎日自動車を作ってました。
  いわゆるライン工といわれるやつ。
  バンパーを作る係で。
  同じことを繰り返していて
  体が自動で動くようになって。

ピ:歯車の1つとして動いてるんだ。

カ:そうです。ぼくの両親も
  自動車会社で働いてた人なんで
  サラブレッドなんですよ。

  天職だと思ってやってたんですが、
  実は祖父が絵描きでして…

ピ:あ!ということは隔世遺伝的な?

カ:そうなんですよ。自動車作りは
  天職のはずなのに、脳みそが
  だんだん反抗してきて。
  体は自動で動いてるのに。

ピ:これいい話だなー。体内に流れる
  おじいちゃんの血がたぎってきて。

カ:そうそう。このままでいいのか?
  って言われてるような。
  ロボットが自我に目覚めたような。

  漫画が大好きだけど、それまで
  1度も漫画家を目指したことも
  無かったし、目指すなら東京に
  行こうと思って、そのまま勢いで
  会社を辞めて東京に出てきました。

ピ:これ簡単に言ってるけど
  けっこうな決断だったのでは?

カ:ぼくは普段からあまりお金を
  使わない生活してたんで、
  その時点で貯金もけっこうあって。
  東京行けば何とかなるでしょって
  軽い気持ちで出てきました。

ピ:いや、でも辞めて出てきたら
  もうその会社には戻れないし。
  自覚は無くても大きな決断だと
  思いますよ。

カ:たしかに。
  ただバカなだけだったのかも(笑)

  それで東京に出てきて
  何作か描いたら、
  ライターのヨッピーさんに
  出会いまして。

ピ:出ました!ヨッピーさん(笑)

カ:ヨッピーさんがTwitterで
  漫画家志望者を取材したいって
  言ってたんで、手を挙げました。
  「ウチに来てください」って。

  貯金けっこうあったけど
  ド貧乏の漫画家アピールして。

ピ:さすが。策士。

カ:で、ヨッピーさんが来てくれて。
  その時にぼくの漫画を見せたら
  素直に面白いって言ってくれて。

  そこから『オモコロ』っていう
  ウェブサイトを紹介してもらって。

ピ:そこから繋がったのかー。

カ:それで『オモコロ』で漫画を
  掲載して、そこそこアクセス数も
  伸ばしてました。

  そんな時に、ぼくの大好きな
  漫画家のとよ田みのるさんが
  うちの近所のレバニラ専門店で
  食事してるってツイートを
  してたんで、サイン色紙片手に
  ダッシュで会いに行きました。

ピ:え?面識はあったんですか?

カ:無いです。

ピ:うわー気持ち悪い。
  とよ田みのるさんにしてみたら
  「何なのキミ?」ってならない?

カ:いや「とよ田さーん!」って
  お店に行ったら
  「カメントツ知ってるよ」って
  言ってもらえて。

ピ:オモコロ見てたのか!

カ:そこから仲良くなりまして。
  小学館の謝恩会に
  一緒に行こうよって呼んでくれて。

ピ:えええ!?普通そんな展開に
  ならないでしょ!

カ:それで謝恩会に行って。
  漫画家って話が苦手な人も
  多いから、いろんな人に
  話をふって回すようにしました。

ピ:それもすごいなー。
  その時点では小学館で
  何も仕事もしてないんだよね?

カ:はい。とよ田さんの付き添いで。

ピ:お前なんなんだよ!?
  ってなりそうな気もするけど。

カ:下っ端だからせめて何か
  役に立ちたいなと思いまして。

ピ:そこがぼくと全然違うところ。
  ぼくの周りなんて卑しんぼ
  ばっかりだから、高級な食べ物を
  食べることしか考えてないし。

カ:美味しいごはんを食べたからこそ
  やらないとなーと思って。

ピ:その考え方はすごいなあ。

カ:その場でワイワイと漫画家さんを
  繋げたり盛り上がってたら
  「何だアイツは?」ってなって。

  とよ田さんが『ゲッサン』の
  編集者の星野さんにぼくのことを
  紹介してくれまして。

  その後、星野さんがオモコロの
  漫画を読んで気に入ってくれて。

  そこから声をかけてもらって
  小学館でデビューしました。

ピ:すごいなー。とんとん拍子だ。
  でもその軸にあるのはカメントツの
  フットワークの軽さと突撃精神。

カ:そうですね。足の速さ(笑)

ピ:ヨッピーさんに行ったところや、
  とよ田さん、そこから小学館。
  これが新世代漫画家の立ち回り。

カ:真似するべきなのかどうなのか…?

ピ:でもこの意識は
  すごく参考になると思う。 

  その先に累計60万部があるんだし。
  今新規でオリジナル漫画を出して
  3巻で60万部出せる漫画家なんて
  数えるほどしかいないんだから。

カ:ありがたいことですね。
  漫画のお仕事をもらえてるのも
  賞とか取ったわけでもないし。

ピ:実はぼくもハガキ投稿がキッカケで
  コロコロコミックに入れてもらえた。

カ:このスキマあいてるじゃん!
  っていう感じで(笑)

ピ:まあそこ狙ったわけでもないけど。
  カメントツも狙ってないでしょ?

カ:はい。楽しい方に進んでいったら
  自然と食えるようになった。

ピ:1つのルートに固執するのも
  良くないよね。

カ:持ち込みして、担当がついて、
  賞を取って、読切を描いて、
  連載して、単行本がベストセラー。
  こういうのは自分にはできない
  だろうなとは思いますね。

ピ:そのルートしか無いと思ってる
  新人漫画家もけっこう多い。

カ:ぼくはこれを『天才ルート』って
  呼んでます。映画監督や小説家でも
  こういう王道ルートでなれる人は
  一番光り輝いてる。天才。

  志望者が天才ルートに集まるのも
  わかるけど、実はどこの業界でも
  裏ルートで入ってきてる人の方が
  多かったりする。

ピ:たしかにそうだね。
  天才ルートで成功できるのは
  一部の天才だけ。

カ:最近は大学の先生もやってるんで、
  こういうこともしっかり生徒に
  教えていきたいなと思ってます。