(2017年9月30日公開動画より 28:25~)
昔はおばあちゃんと年に3回は
相撲を観に国技館に行ってた。
でもおばあちゃんボケちゃって、
今は施設に入ってる。93歳くらい。

今でもうちの母親のシゲミが
おばあちゃんが入ってる施設に
会いに行くと、テレビで相撲を
見てるんだって。

で、シゲミに対して
「今度連れてってあげるからね」
って言うんだって。

でも、もうおばあちゃんと一緒に
相撲を観に行くことはできないと
思うと悲しい。仕方ないけど。

ぼくが会いに行っても
ぼくのことが誰なのかも
よくわからなくなっちゃってる。

あんなに一緒にいたのに。
お酒の飲み方とかも
おばあちゃんから教わったし。

で、前にぼくが施設に行った時に
部屋の窓の前にティッシュを
丸めて並べてた。

「おばあちゃん、なんでここに
ティッシュ並べてるの?」
って聞いてみたら、

「あそこの家から攻撃を受けるから
ここに並べておかないと大変なのよ」
って言ってた。窓の外に見える
一軒家を指して。

あんなに頭の賢い
キレ者のおばあちゃんが
変になっちゃったのが悲しい。

でもこうやって話すことも大事。
ぼくはおばあちゃんのことは
いつだって忘れてない。

会いに行きたいけど、
会ってもわからないのは悲しい。
それでも会った方がいいのかな?

しばらく会いに行けてない。
施設が千葉の奥地なのもあるし、
相続とかでぼくの知らないところで
よくわからない揉め事が
起こってるというのもある。

会いに行って、変に詮索されても
イヤだし。ぼくはおばあちゃんが
好きなだけなのに。

まあでもうちの母親が会いに
行ってるから、その報告を聞いてる。
フェイスブックでニコニコした写真を
見て、元気そうだなーと思って
『超いいね』を押したり。

ぼくも行きたい気持ちもあるけど、
行ったら行ったでなんだか切ない。

でも、会える時に会うという意味では
まだボケてない時にたくさん会ってた。

御徒町のうなぎ屋さんで
毎週のように一緒にお酒を飲んでた。

あそこでぼくはお酒の作法とか
お店に対する考え方とかも学んだ。

また施設に行ってみようかな。
動画撮りながら。
おばあちゃんにインタビューで
「カズヨシって知ってる?」
って聞いてみようかな?
それをYouTubeで公開しようかな?

そんなことしたら人間として
終わりのような気もするけど。

ぼくはかなりのおばあちゃん子だよ。
『おばあちゃん子』っていうと
父親と母親がいなくておばあちゃんに
育てられたようなイメージもあるけど、
うちの場合は父親と母親にプラスして
おばあちゃんもいた感じだった。

おばあちゃんはうちの母親との
エピソードとか昔の話を聞くと
とんでもない境遇だったり
ぶっ飛んでたような逸話もあったり、
いろいろと面白い。そのへんを
調査してみたい気持ちもある。
自分のルーツでもあるわけだから。

ボケる前は頻繁に会ってたし、
そこらの孫と祖母の関係は超越してた。
親戚の中で一番多く会ってた。

だからこそ最近会ってないのが
少し心配だし悲しいところもある。
ぼくの気持ちとしてもなかなか複雑。

おばあちゃんも今の自分の姿は
かつてのおばあちゃんからしたら、
見せたくなかったかもしれない。

かなり負けず嫌いでシャキっとした
強いおばあちゃんだったから。
よくいろんなことも口論してたし。
施設で丸くなっちゃった
今のおばあちゃんの姿を見るのは
なかなか気持ち的に難しい。

ぼくがおばあちゃんの立場だったら
どうなんだろう?
それでも孫に会いたいと思うのかな?
会っても誰だかわからないのに。

ぼくもおばあちゃんのイメージが
どんどん上書きされていくのも怖い。

ぼくが誰かのお葬式にできる限り
行きたくないと思ってるのも、
亡くなった姿を見ることで
元気だった時の姿を上書きしたくない
という気持ちが強い。

でも今おばあちゃんは生きてる。
生きてるけど、ボケちゃってる。

ボケていても、昔の記憶とか
ハッキリしてる部分はハッキリしてる。

だからそのあたりの考え方が難しい。
会いたいような会いたくないような。

(文字起こし協力:視聴者Bさん)