(2011年9月24日公開動画より)
都内某所にある
『任天堂アンバサダースタジオ』
からお送りしてます。
#1-1
任天堂アンバサダーでありつつ、
先日、任天堂の株主にもならせて
いただいた。

ぼくはピョコタンという名前で
漫画を描いたりしている者です。

この番組は『ピョコ生』ということで
ぼくがやりたいことをテキトーに
やっていこうかと。

今回が第1回なので、
大好きな任天堂について
とことん語っていきたい。

株価は今日の終値で11880円。
つまりその株価にゼロを2つ付けた
金額が実質ぼくの全財産。
あまり考えないようにしてるけど。

まずはぼくと任天堂との出会いから。

任天堂との初めての出会いは
小学2年生の時に友達の家でやって
衝撃を受けたファミコンから。

『スーパーマリオ』と
『アイスクライマー』だった。

親に懇願してクリスマスプレゼント
として買ってもらった。
そのままファミコンと共に成長し、
生粋のゲーム廃人になった。

でも当時はそこまで
任天堂一筋ってわけでもなかった。

『PCエンジン』『メガドライブ』
ゲーセンのメダルゲームもやった。

高校に入って『セガサターン』
『3DO』も人の家でやったり。

そこまで任天堂にのめり込んでない。

そんなぼくの人生の中で任天堂の
信者になったキッカケがある。

それが高校3年生の時。
修学旅行で京都へ行くことになった。
班別行動で6人の班に分かれて
自分たちで考えた場所に行って
学習するという課題があった。

で、みんなはお寺や伝統芸能とかに
行きたがる。そこでぼくは

「世界では京都と言えば任天堂」
「京都で学習するなら任天堂しかない」
「過去の伝統より未来のゲーム」
などと、班のメンバーを説得した。

そして念願の任天堂に行った。
これがその時の写真。任天堂本社前。

#1-2

でも、門の外で写真を撮っただけじゃ
信者にはならない。

行く前に任天堂に手紙出した。
「校外学習なので、我々に勉強を
させていただけませんか?」って。

そしたら任天堂から返信があった。
宛名を見ると今西絋史と書いてある。

この今西絋史さんが何者かというと
当時1994年の任天堂の公式発表を
全部やっていた人。広報室長。
つるっパゲでコワモテのオッサン。

そんな偉い人がぼくたち高校生に
返信してくれた。
「是非お越し下さい」
「お待ちしております」って。

で、本社の中に入ると、
VIPみたいな応接室に通されて。

今西さんがドーンと中央に座って、
その周りを囲むように
ぼくたちガキどもが6人座って
1時間くらいじっくり話を聞けた。

任天堂の素晴らしさについて
勉強させていただいた。
本当にすごい。ガツンときた。

当時の新ハードの発表とかを
全部やっていた今西さんが
ぼくたちのような
ただのゲーマーの高校生相手に
1時間だよ?あの忙しい時期に。

その時の学習報告集が残ってる。

#1-3

ぼくがどれだけ今西さんから
教えを受けたか、ちょっとだけ
読んでみようかと。

子供に人気のテレビゲームについて。

任天堂がゲームソフトを作る時に
注意していることは暴力的、差別的、
ピンクソフトを作らないということ。
それは家庭主義をモットーとする
任天堂ならではのことである。

そしてハードについて。
任天堂は新たに32ビットのバーチャ
ルボーイと、64ビットマシンを
近々発売しようとしている。
現在他社から32ビットマシンが数台
発売されていて、これらは合わせて
次世代マシンと呼ばれる。
64ビットマシンはとにかく処理能力
が速く、映像も今までとは比べ物に
ならないほどキレイになり、三次元の
世界も表現できる。

しかし、ハードはあくまでもソフトを
活かすためのモノであり、
ハード自体はなんの能力もない。
ハードとソフトが一体化して初めて
ゲームが楽しめるのだ。

どうですかこれ?
これを高校の頃のぼくが書いた。
いいこと言ってる。

ここで今西絋史さんの教えを
受けたからこそ立派な大人になれた。

もし今西さんの教えがなかったら、
ただのダメ人間になってた可能性も
あるかもしれない。

だからそういう意味でも
任天堂に感謝してるということ。

(文字起こし協力:トマPさん


この話は漫画にも描いています。
合わせてぜひどうぞ。

【漫画】ぼくが任天堂信者になった理由